金胎寺

高野山 真言宗 護国山 金胎寺

護国山ごこくさんこん胎寺たいじは「じょうきょう二年書上にねんしょじょう」にみる仏教諸宗寺院の創設年代によれば歴史は古く、今から約760年前の文応ぶんおう元年(1260)頃、第90代亀山天皇の時代、京都皇族の庇護ひごを受け、高野山大楽院信顕阿闍しんけんあじゃが北陸じゅんしゃくで越中に滞在した折、天皇家所縁の神宮寺として加茂社と共に「こんたい密寺みつじ」の名で創建されたとあります。本堂の天井には「十六葉じゅうろくよう八重表やえおもてきくもん」(天皇家の家紋)が配され、本尊胎蔵界大日如来と金剛界・胎蔵界の両曼荼羅まんだらが安置されていました。てんしょうの末頃(1590年代)は、前田利家としいえ公の兄である前田安勝やすかつ公により、西国三十三観音に習い北陸で最初の越中えっちゅう一国三十三観音の十五番札所(本尊秘仏千手せんじゅ千眼せんげん観世音かんぜおん菩薩ぼさつ像)に定められ、大変栄えました。

越中国三十三観音霊場札所で、越中の真言宗、曹洞宗、臨済宗の三十五ヶ所巡礼札所の第十五番であり、御詠歌があります。

御詠歌 : いにしえの またも参りて 金胎寺 あおぐ心も すずしかるらん
金胎寺 光眩ひかりまばゆ遍照へんじょうの 智慧ちえ慈悲じひをば めぐらせん

高野山 真言宗 護国山 金胎寺

住 所 : 〒939-0351
富山県射水市戸破3315
電 話 :
住 職 : 志村 慧雲(Shimura Keiun)
副住職 : 寺中 皇貴(Teranaka Ouki)

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